企画・連載

〈新春インタビュー〉 国連広報センター所長 根本かおるさん 美しく豊かな地球を未来につなぎたい 2022年1月1日

 聖教新聞では、本年からSDGsをテーマにした新企画をスタートします。その第1回として、日本国内でSDGsの普及に努めてきた、国連広報センター所長の根本かおるさんにインタビュー。SDGsの意義や今後の課題について聞きました。(取材=サダブラティまや、木﨑哲郎)

ネパールでの経験

 ――根本さんは、日本のテレビ局でアナウンサーならびに報道記者を経験された後、1996年に国連職員に転身。世界中の難民支援に奔走され、2013年から現職に就かれています。
   
 私は、神戸で生まれました。港町ということもあり、父の仕事の関係で、海外の人がよく家に遊びに来ていました。そのためか、子どもの頃から多様性に対し、楽しい、あるいは、好奇心を刺激してくれるものとして強い興味がありました。

 9歳の時、家族でドイツに4年間住むことになり、それまでとは全く違う言語や文化、環境に放り出されました。1970年代のことですから、肌の色の違いからくる露骨な差別もあって……。

 なかなか馴染めない母が、かわいそうでした。スーパーのレジでまごまごしていると、侮辱的な言葉を浴びせられることもあり、抗議するのは決まって私の役目。社会の少数者へのまなざしが育まれたのも、この頃からでしょうか。“悔しい”という感情、そして、“自分が頑張らなきゃ”という意識が、子どもながらに芽生えました。こうした体験がなければ、今の私はないと思います。

 ――難民支援には、どのような経緯で携わったのですか。
  
 記者として働いていた90年代、専門性を磨きたいとの思いから、会社を休職し、アメリカの大学院に留学しました。1年目と2年目の間の夏休みを利用し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)でインターンシップをさせてもらったんです。

 受け入れ先は、ネパール南部のタライ平原にあるブータン難民キャンプ。それから十数年がたち、今度は国連職員として、現地事務所の所長という立場で戻ってくることになりました。

 特に忘れられないのは、難民の子どもたちとの関わりです。難民キャンプにも学校があります。子どもたちにとって、教育は民族の誇りを守るとともに、不条理な現実から脱出して未来を開くための大事な手段なんです。でも、女の子たちは、生理になると学校に通えなくなりました。下着が汚れても替えがなかったからです。

 事務所の元々の援助計画には、女の子たちに下着を配ることは入っていませんでした。そこで、個人のプロジェクトとして、友人にお願いして寄付を募り、現地の仕立屋さんに下着をつくってもらったんです。特に厳しい家庭状況にいる女の子、1000人に配ることができました。少しでも子どもたち、難民の人たちの思いを未来へとつなぐ役に立てたのかな、と思っています。

 こうした人間としての触れ合い、関わり合いは、自分が苦しい状況になった時に、ふと思い出し、前に進む力となっています。

女性ならではの役割

 ――今のお話は、SDGsの根底にある「誰も置き去りにしない」という精神そのものだと感じます。SDGsができた背景を教えてください。
   
 SDGsができた背景には、このままでは地球の豊かさを将来につないでいけない、という危機感がありました。SDGsには、二つの大きな潮流があります。一つ目は飢餓や貧困など、発展途上国の開発課題。二つ目は、気候変動をはじめとする地球環境の課題です。これまでは、これらの問題に別々に対処してきたのですが、つなげて考えなければ、いつまでたっても解決できないと認識されるようになったのです。

 SDGs以前に掲げてきた世界目標の理論というのは、国が豊かになれば、滴が垂れるように弱い立場の人々も豊かになる、というものでした。

 しかし長年の経験から、これは真実ではないことが分かりました。豊かな人はどんどん豊かになり、取り残される人は、ますます取り残されていったからです。

 こうした教訓を踏まえて、弱い立場にある人の存在を初めから念頭に置いて、世界目標を設定することにしたのです。女性、若者、子ども、先住民、障がい者、高齢者など、あらゆるグループの人たちを巻き込んで、意見を吸い上げました。また、1000万人を超える世界中の人たちにアンケート調査を行い、それぞれが考える重要課題を集めました。

 その集大成として採択されたのが、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」という文書です。この大きな文書の中で、17の目標として示されているのがSDGsです。

 ――今、日本で、特に課題だと感じるSDGsの目標はありますか。
  
 明確に、もっと頑張れる分野はジェンダー平等ですね。〈昨年、世界経済フォーラムが発表した、男女平等がどれだけ実現できているかを数値化した「ジェンダー・ギャップ指数」によると、日本は156カ国中で120位〉

 職場を例にとれば、管理職などの責任を担ったら大変ではないか、と思い悩む女性も少なくないでしょう。しかし、仕事も、家庭も、趣味も、バランスよく実現できることを示してくれるロールモデル(模範)も増えてきています。

 女性の権利は人権なので、当然、損得勘定を抜きにして守られるべきものです。しかし、女性を登用する効用をリスト化・数値化することができれば、女性を採用・登用する企業や団体の経営者側にとっても大きな納得につながるでしょう。

 一方、企業や団体も、ひとたび女性の活躍推進に取り組むと宣言したならば、それを実践してほしいです。日本では、ジェンダー平等について話し合う場に、まだ男性が圧倒的に多い。女性がいたとしても、シニア層の方ばかりで、もがき苦しんでいる今の若手がいない。「隗より始めよ」で、決めたからには、自らの行動で示してほしいと思います。
  
 ――先ほどの下着配布の例もそうですが、難民支援やSDGsの普及活動を通して、女性で良かったと思う点はどんなことですか。
  
 女性には、井戸端会議力がありますよね! 「ねえ、聞いて聞いて」「なになに?」「それいいね。私もやってみようかな」……と。

 私は国連の世界に転身して、女性だからこそ力を発揮できたと感じることの方が、損をしていることよりはるかに多いんです。

 国連の活動を展開している地域は、主に途上国や紛争をしている国々です。こうした場所では、保守的な価値観がまだ根強く、女性たちの本音を聞き出すのは容易ではありません。そんな時、女性の国連職員がいれば、輪の中に入っていきやすい。

 さらに紛争地域では、残念ながら女性への性暴力が頻繁に起こります。こうした繊細な問題も、公の場では話せないことです。何げない会話を糸口にして、要望を把握し、大きな支援活動につなげていく女性の情報収集力は、さまざまな局面でプラスに働きます。

若者こそ“今を担うリーダー”

 ――昨年10月末から約3週間、イギリスのグラスゴーで気候変動対策の会議であるCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)が開催されました。その際、温暖化対策の強化を訴える青年たちの大規模デモ行進が話題となりました。こうした若者の声を、どのように受け止めていますか。
   
 グテーレス国連事務総長は、「若者は明日のリーダーではなく、今日のリーダー」だとよく言っています。COP26で議論された気候変動の問題は、未来を生きる若者たちに、直接の影響を与えることです。その交渉の場に、当事者として若者自身が参加し、声を上げた意義は非常に大きい。日本の若者もグラスゴーに飛びました。彼ら彼女らが、世界の運動の最前線に触れることができたのは、貴重な経験だと思います。

 日本にも、さまざまな運動があります。しかし、世界で解決すべき課題については、国内にとどまるのではなく、積極的に世界のネットワークとつながって、刺激を受けてもらいたい。そこで得た経験や知識を自国に持ち帰ることもできますし、反対に、日本特有の課題を他国と共有することもできます。それが、すごく大きな財産になります。
   
 ――SGIの代表も、COP26に参加しました。創価学会青年部はここ数年、SDGsの取り組みに力を入れています。今後の活動への期待はありますか。
  
 私はよく、「think globally, act locally」ということを申し上げます。世界規模で考えながら、自分の足元で行動を起こすこと。それも、ただ漫然とアクションを起こすのではなく、世界につながる具体的な貢献が重要です。

 学会青年部の皆さんは、いろんな立場で、それを実践している方々だと思います。どうか折に触れて、先ほどの言葉に立ち返ってほしいと思います。そうすることで、日頃の行動がさらに広がりを持ち、理想論のように聞こえることが、実体を伴ったものとして理解できるからです。

自分事と捉える想像力

 ――SDGsの理念が徐々に生活に浸透している一方、何から始めればいいか分からず、悩む人もいます。アドバイスをお願いします。
  
 コロナ禍によって、これまでにも存在していた社会のひずみ、例えば、シングルマザーの問題や、子どもの貧困が、よりいっそう深刻になり、目に見えるようになってきました。

 初めは医療の危機でしたが、やがて、教育、人権、雇用、貧困など、あらゆる局面の危機につながっています。一つの課題だけを“たこつぼ”のように考えても、真の解決策にはならない。総合的なアプローチが必要だということを、国内外の人たちが肌感覚で理解したのではないでしょうか。

 SDGsの素晴らしいところは、仮に人それぞれ、優先順位や関心の入り口が違っても、全ての課題がつながっているということです。食品ロスから始まった関心が貧困や飢餓の問題に結び付き、さらには、気候変動、海や陸の豊かさといった課題にも及んでいきます。

 今、SDGsの理念を基にして、社会の仕組みを抜本的に変えるくらいの大胆なアクションが求められています。そこで、とても大切になるのが、「たくましい想像力」だと思うんです。相手の立場になって痛みや苦しみを感じ、自分事と捉えることです。最近は本やドキュメンタリー映画など、社会の課題をやわらかいタッチで伝えるものも増えています。一人一人が「想像する力」を育み、できるところから一歩を踏み出していければと願っています。

 
 

〈プロフィル〉 ねもと・かおる 国連広報センター所長。東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院で国際関係論修士号を取得。1996年から2011年まで、UNHCR職員として、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。フリージャーナリストを経て13年より現職。著書に『難民鎖国ニッポンのゆくえ』(ポプラ新書)他。

 
 

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