現在、世界中で社会的分断が深まっています。冷戦期のようなイデオロギーの対立ではなく、より予測不能な「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の台頭が深刻です。
その要因はいくつかありますが、大きな要因の一つは「デジタル革命」です。通信技術の発展は、恩恵がある一方で、使い方次第で深刻な分断も生みます。SNS利用者の“感情”が、瞬時に世界へ拡散されることで、事実に基づいた熟議を行う制度が弱体化しているのです。
こうした時代にあって、戸田記念国際平和研究所の役割は、かつてなく高まっていると確信しています。私たちの研究所のユニークな点は、日本のみならず、世界中に研究員を配置し、英語を共通言語として活動するグローバルな体制にあります。この体制のおかげで、世界中の多様な課題に即座に対応することが可能なのです。
私たちは現在、核兵器の「先制不使用」原則の議論の推進や紛争回避へ向けた「安心供与」の在り方、気候変動への対応、そして世界の民主主義への脅威、デジタル革命がもたらす分断に対抗するための「対話の役割」の研究などに注力しています。
私が平和研究を志した原点は、幼少期にあります。1950年代後半、父の肩に乗せられて核兵器反対のデモに参加しました。それが私の平和活動に関連した最初の記憶です。また、米ソの核戦争が危ぶまれたキューバ危機(1962年)の際、母が深い恐怖に震えながら私の手を握り、「今夜、世界が終わるかもしれない」とささやいた夜のことは、今でも忘れられません。核兵器への恐怖というこの原体験が、私の平和活動の強い動機となっています。
その後、歴史学者としてベトナム戦争の研究に携わりました。97年には、ベトナムのボー・グエン・ザップ将軍と元米国防長官ロバート・マクナマラ氏の2度目の会見に立ち会いました。これには、ベトナムとアメリカの退役軍人と共に、参加することができました。戦争に対して、マクナマラ氏が良心の苦悩を吐露する姿は忘れられず、私の重要な原点となっています。研究を通じて、人々を結ぶ貢献をしていきたいと思っています。
戸田平和研究所の創立者・池田大作博士との出会いからも私は影響を受けました。ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)の所長(当時)として、平和研究への貢献をたたえる賞を博士に授与するため、2002年に日本を訪れました。
会談の際に感動したのは、池田博士の聴く姿勢と学ぶ姿勢です。ご自身の見解を語るよりも、入念に準備された質問を投げかけ、私の言葉に真剣に耳を傾けてくださいました。池田博士は、私が博士よりも多く話すことを期待しているようでした。この対話の精神こそ、現代の分断を乗り越える鍵です。
さらにその後、博士の平和提言などを読む中で、私が影響を受けたのは「一人の人間の内面的な変化が、社会の変化と密接に結びついている」という考え方です。私はそれまで経済や社会、政治の構造の変化に目を向けてきましたが、博士が強調された「個の尊厳」から社会変革を行う方法は、大きな触発となりました。
感情的に不安や憎悪をあおる発言がインターネット上に増えているからこそ、教育と対話が重要です。私自身、世界中の研究者や市民社会と連携しながら、この危機の時代に希望の光を見いだしてまいります。
現在、世界中で社会的分断が深まっています。冷戦期のようなイデオロギーの対立ではなく、より予測不能な「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の台頭が深刻です。
その要因はいくつかありますが、大きな要因の一つは「デジタル革命」です。通信技術の発展は、恩恵がある一方で、使い方次第で深刻な分断も生みます。SNS利用者の“感情”が、瞬時に世界へ拡散されることで、事実に基づいた熟議を行う制度が弱体化しているのです。
こうした時代にあって、戸田記念国際平和研究所の役割は、かつてなく高まっていると確信しています。私たちの研究所のユニークな点は、日本のみならず、世界中に研究員を配置し、英語を共通言語として活動するグローバルな体制にあります。この体制のおかげで、世界中の多様な課題に即座に対応することが可能なのです。
私たちは現在、核兵器の「先制不使用」原則の議論の推進や紛争回避へ向けた「安心供与」の在り方、気候変動への対応、そして世界の民主主義への脅威、デジタル革命がもたらす分断に対抗するための「対話の役割」の研究などに注力しています。
私が平和研究を志した原点は、幼少期にあります。1950年代後半、父の肩に乗せられて核兵器反対のデモに参加しました。それが私の平和活動に関連した最初の記憶です。また、米ソの核戦争が危ぶまれたキューバ危機(1962年)の際、母が深い恐怖に震えながら私の手を握り、「今夜、世界が終わるかもしれない」とささやいた夜のことは、今でも忘れられません。核兵器への恐怖というこの原体験が、私の平和活動の強い動機となっています。
その後、歴史学者としてベトナム戦争の研究に携わりました。97年には、ベトナムのボー・グエン・ザップ将軍と元米国防長官ロバート・マクナマラ氏の2度目の会見に立ち会いました。これには、ベトナムとアメリカの退役軍人と共に、参加することができました。戦争に対して、マクナマラ氏が良心の苦悩を吐露する姿は忘れられず、私の重要な原点となっています。研究を通じて、人々を結ぶ貢献をしていきたいと思っています。
戸田平和研究所の創立者・池田大作博士との出会いからも私は影響を受けました。ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)の所長(当時)として、平和研究への貢献をたたえる賞を博士に授与するため、2002年に日本を訪れました。
会談の際に感動したのは、池田博士の聴く姿勢と学ぶ姿勢です。ご自身の見解を語るよりも、入念に準備された質問を投げかけ、私の言葉に真剣に耳を傾けてくださいました。池田博士は、私が博士よりも多く話すことを期待しているようでした。この対話の精神こそ、現代の分断を乗り越える鍵です。
さらにその後、博士の平和提言などを読む中で、私が影響を受けたのは「一人の人間の内面的な変化が、社会の変化と密接に結びついている」という考え方です。私はそれまで経済や社会、政治の構造の変化に目を向けてきましたが、博士が強調された「個の尊厳」から社会変革を行う方法は、大きな触発となりました。
感情的に不安や憎悪をあおる発言がインターネット上に増えているからこそ、教育と対話が重要です。私自身、世界中の研究者や市民社会と連携しながら、この危機の時代に希望の光を見いだしてまいります。
〈プロフィル〉
〈プロフィル〉
Stein Tønnesson 戸田記念国際平和研究所の第4代所長。オスロ国際平和研究所(PRIO)の名誉研究教授や、「Journal of Peace Research」誌のアジア担当副編集長を務める。2001年から09年までPRIOの所長を務めたほか、11年から17年までスウェーデン・ウプサラ大学で東アジア平和プログラムを主導した。研究分野は、東アジアの平和、ミャンマーにおける武装紛争・ソーシャルメディアの役割など。
Stein Tønnesson 戸田記念国際平和研究所の第4代所長。オスロ国際平和研究所(PRIO)の名誉研究教授や、「Journal of Peace Research」誌のアジア担当副編集長を務める。2001年から09年までPRIOの所長を務めたほか、11年から17年までスウェーデン・ウプサラ大学で東アジア平和プログラムを主導した。研究分野は、東アジアの平和、ミャンマーにおける武装紛争・ソーシャルメディアの役割など。