企画・連載

217.1キロ箱根駅伝ハイライト〈襷と絆の物語・全編〉 2022年1月15日

 堂々の総合7位――崩れそうになっても這い上がり、シードをつかみ取った創価大学駅伝部。昨年の準優勝よりも順位こそ下回ったが、その「強さ」を、私たちの心に強く印象づけた。
 

〈1区 葛西潤・3年〉

 1月2日、スタートを待つ葛西の胸は高鳴っていた。両手を腰に当て、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。
 
 昨年の箱根後、けがで走れない時期が長く続いた。勝負の夏合宿も参加できず、「今年は諦めるしかないか……」と精神的にも追い込まれた。
 そんな葛西を同期が支えた。「けがが治ったら、潤ならすぐ結果も出せる」「焦らず治療に専念できるように、俺らも強くなる」

 関西創価高校を都大路(全国大会)出場に導くなど、高校時代から世代のトップ選手として活躍。大学入学後も2年連続で箱根路を走るなど、常に競技でチームを引っ張ってきた葛西。「走れなくなって、改めてチームメートの偉大さを感じました」

 10月に復帰すると、11月末の記録会で1万メートルの自己ベストを更新。周囲は「1区は葛西しかいない」と復帰を喜んだが、本人は「本当に最後まで走れるのか不安でいっぱいだった」。
 
 箱根直前、縦割り班の班長である小野寺勇樹(4年)に胸の内を打ち明けた。昨年の箱根で10区を走った小野寺は「安心しろ、どんなにやらかしても、俺よりかマシだよ(笑い)」と。先輩の思いが心に染みた。
 
 昨年と打って変わり、ハイペースのレース展開となった1区。「正直、練習不足。最初からずっときつかった」。15キロ過ぎから集団についていけなくなった。だが、懸命に耐えた。“1秒でも離されずにフィリップにつなぎたい!”。残り5キロ、死力を振り絞り、並走していた選手を引き離す。
 「自分としてはふがいない走りでしたが、中継所でみんなが『ナイスラン』と言ってくれて、本当にいい仲間だなと心から思いました」

〈2区 フィリップ・ムルワ 3年〉

 フィリップはリベンジに燃えていた。
 昨年もエース区間「花の2区」を走ったが、東京国際大学のケニア人留学生に付いていけず、残り3キロの坂では失速して、日本人選手にも記録で負け、悔しい結果となった。
 
 駅伝部OBいわく、「フィリップは、徹底して努力ができる」。

 箱根の悔しさを常に忘れなかった。毎週月曜の朝には、20キロの走り込み後、寮の前にある300メートルの坂道で10本ダッシュを繰り返した。本番を想定し、わざわざユニホームに着替え、レースで使用するシューズを履いて走った。

 その努力はレースで実を結ぶ。5000メートル、1万メートルの創大記録を塗りかえ、10月の出雲駅伝では区間賞の快走をみせた。
 
 16位でタスキを受け取ったフィリップは前半から果敢に飛ばし、どんどん順位を上げる。15キロ権太坂以降もペースは全く落ちない。中継所目前の“戸塚の絶壁”もさっそうと駆け上がり、見事区間2位の激走で、10人抜きの快挙を成し遂げた。
 
 15キロ以降の記録では、昨年よりも50秒もタイムを縮め、体重45キロの小柄なフィリップは箱根路に特大のインパクトを与えた。
 「コンディションもとても良くて、大学のために頑張りました」と満面の笑みで、「サイコー! キュンです!」とおどけてみせた。

〈3区 桑田大輔・2年〉

 桑田は3区を走ることを告げられてから、かつてないプレッシャーを感じていた。

 出雲駅伝では安定した走りでタスキをつなぎ、11月には1万メートルでも一流ランナーの目安とされる28分台をたたき出した。できる準備は全てやってきたはずなのに、箱根が近づくにつれ、不安が募る。

 同部屋の中武泰希(4年)も9区に出走する予定だった。「中武さんは、いつもと変わらず明るくて、『桑田なら大丈夫だよ』ってずっと励ましてくださった」
 自信を持って迎えた当日。フィリップから「ファイト!」とタスキを渡され、気分は高揚した。

 しかし、箱根独特の雰囲気にのまれたのか、なかなかペースが上がらない。気付けば、どんどん他校の選手に追い抜かれていた。
 
 序盤から単独走になり、きつい走りが続いた。後ろの選手ばかりが気になる。“どうすればいいんだ……”と焦る中、何度も中武の言葉を思い返した。運営管理車の榎木和貴監督からは「4年生がいるから安心して走ろう」と声を掛けられた。
 
 “少しでも前の位置で、嶋津さんにつなぐんだ”。海岸線に出てから果てしなく続く直線路。前の選手が視界に入り、気持ちを立て直す。国道134号線のかなたに威風堂々とした富士の山が見えてきた。
 重なるように、平塚中継所で手を振る嶋津の姿が!“1秒でも早く、嶋津さんへ”――懸命に駆けた。

〈4区 嶋津雄大・4年〉

 嶋津のモットーは「心で走る」。沿道の声援が聞こえないコロナ禍のレースでも、「応援してくれる人や支えてくれた人を思い浮かべ、心を燃やして走りました」。
 
 レース直前、網膜色素変性症という同じ目の病がある永井大育(4年)と握手を交わし、“永井の分まで”と心に期した。
 
 11位でタスキを受け取ると「とにかく1人ずつ丁寧に抜くことを考えました」。グングン加速し、1人、2人とかわしていく。
 「抜くたびに、その選手から力をもらう感じで、競り合いながら前に進むことができた。そういう意味でも、他校の選手に感謝しながら走っていました」
 
 終盤、はるか前方に「駒澤大学」の選手の背中が見えた。昨年、10区のゴール直前で逆転された駒澤。「気持ちが一番入りました」

 昨年10区を走り、今回は惜しくもエントリーから外れた同期の小野寺勇樹の顔が脳裏に浮かんだ。「駒澤大学が見えた瞬間、気合が入って。小野寺!小野寺!小野寺!と心の中で叫びながら、一気に抜きました」
 
 2年連続の4区。前回よりも1分40秒以上タイムを縮めての区間賞。11位から5位まで順位を上げ、小田原中継所に飛び込んだ。
 
 レース前、女性マネジャーから出走選手全員にミサンガが渡された。嶋津に添えられたメッセージカードには「ヒーロー」との言葉があった。
 
 初シードを奪った一昨年の10区の中継所で、「ヒーローになって来い!」と小野寺に肩をたたかれ、走りだした箱根路。今年も嶋津はヒーローになった。

〈5区 三上雄太・4年〉

 今年は主将として、三上は言葉ではなく背中でチームを引っ張ってきた。

 思いが強すぎてオーバーワークになり、調子を崩すこともあったが、そんな時でも、チームメートに寄り添う三上の姿勢に皆、厚い信頼を寄せた。

 上りに絶対の自信を持つ三上。昨年は区間2位の好走で往路優勝のテープを切った。だが、単独走だった昨年とは違い、今年は先を行く帝京大学の選手に付いていこうと、「入りがオーバーペースになってしまった」。
 なかなか自分のペースがつかめない。徐々に動きが鈍くなり、上りに差し掛かる頃には、「途中棄権も頭によぎった」ほどキツくなった。

 箱根の山が去年の何倍も急な上りに感じた。“もう止まろうか……”とも思った。しかし、「芦ノ湖で永井が待っているんだぞって、自分を奮い立たせて」。
 
 1年間、副主将としてチームを一緒に支えてきた永井大育。最後の箱根を走れなかった永井の悔しさを思うと、体が動いた。山頂付近に差し掛かる頃には自分のペースを取り戻すことができた。
 
 ゴールへの最後のカーブを曲がると、テープの向こうに永井が見えた。
 “明日の復路へ1秒でもタイムを縮めたい”。無意識で胸を突き出しゴールに飛び込んだ。
 全てを出し切り、倒れそうになった三上を、大きく手を広げて永井が受け止めた。

〈6区 濱野将基・3年〉

 「昨年は右も左も分からないまま走ったが、今年は勝負する6区にしたい」「監督にもNiziU(アイドルグループ)の声掛けはいらないですよって言いました」
 
 濱野の言葉の端々から、今年に懸ける覚悟が感じ取れた。
 
 だが、勢いよく復路のスタートを切るも、最初の上りはなかなかギアが入らず、前を行く東京国際大学に離された。「1・5キロをすぎてからは延々とキツかった」
 
 今年は、けがにも泣かされ、スランプの時期もあった。つらい時に助けてくれた周囲のサポートに報いようと誓ってのレース。「気持ちでは絶対に負けないって、自分に言い聞かせながら走っていました」

 6区は山を下り終えた後の終盤の3キロの平地が、本当にキツイという。
 
 濱野は、今回エントリーされながら、本番に出走できなかった同期の緒方貴典、本田晃士郎のことを思った。「直前に外れて、どれだけ悔しかったか。それでも2人は切りかえて、チームに尽くしていた」
 
 “苦楽を共にしてきた同期の分まで、責任を持って走る”との思いで濱野は立ち直る。10キロすぎの小涌園前からのラップタイムは、区間2位という好走で小田原中継所へ。
 
 「もう二度と6区は走りたくないと思うほど最後はキツかったけど、同期の新家にタスキを渡せて、うれしかった」と語る濱野の首元には、今年も「NiziU」の文字のネックレスが光っていた。

〈7区 新家裕太郎・3年〉

 新家は、箱根に懸ける強い思いを持って、レースを迎えた。この1年、悔し涙を何度流したことか。
 
 初出場を目指した6月の全日本大学駅伝予選会。普段通りの走りができれば突破できるはずだったが、まさかの予選落ち。新家は組で最下位の結果。責任を深く感じた。
 
 レース後、4年生の中武から声を掛けられた。「正直、どやされる(怒られる)と思っていました」。しかし、中武は「本当は(4年生の)俺が走らないといけないところを、新家に走らせてしまった。本当にごめん」。
 
 後輩を思う先輩の心に、また涙した。そして新家の覚悟が決まった。夏合宿以降、常にチームの先頭を走った。実際、駅伝部のSNSでアップされる練習風景の写真には、先頭を走る新家の大きな体がいつも写っていた。

 その勢いのまま、出雲駅伝では2区を任されたが、納得のいく走りはできず、「本当に申し訳なく、情けなかった」。
 
 それでも箱根を目指し、11月には1万メートルの自己ベストを更新。全てをぶつける覚悟で箱根を迎えた。
 出走直前、9区中継所にいる中武からLINEが届いた。「緊張しなくていいよ。9区に自分がいるから」。当日はプレッシャーで食事ものどを通らない状態だったが、「なんか安心してスタートラインに立つことができて」。
 
 7区以降は全員、箱根駅伝初出場。「自分がいい走りをすれば、みんなの希望になる」――そう決めて、濱野からタスキを受け取った。
 
 区間4位の快走で順位を三つ上げ、5位で平塚中継所へ。「新家、ナイスラン」との榎木監督の声にガッツポーズで応える。大きな体が、ひときわ大きく見えた。

〈8区 吉田凌・1年〉

 1年生で箱根の舞台を勝ち取った吉田。緊張もあったが、「6区、7区のいい流れに乗って、楽しんで走ろうと思った」。
 
 普段は上級生からかわいがられるアイドル的キャラだが、走りでは強気の姿勢で攻めるタイプ。前半から積極的な走りで追い掛け、前を走るランナーに早々に追い付いた。そして、その後は激しい競り合いを繰り広げる。
 
 前に出ては抜かれ、再び前に出る。熾烈な争いに最後まで食らい付けたのは、昨年8区を走った永井から声を掛けられたから。「凌は俺よりも早いから、自信をもって頑張って!」
 
 絶対に負けない。最後まで崩れず、1年生ながら上級生の他校の有力選手に肩を並べる力走で、目標の3位が見える位置でタスキをつないだ。

〈9区 中武泰希・4年〉

 中武は、最後の箱根を走る「覚悟」はできていた。
 
 大学に入り、故障に泣いてきた。昨年の箱根もけがで外れ、4区の嶋津の付き添いを。往路優勝するチームの走りにも「うれしさと、自分が出られない悔しさがあった」。
 
 大学で競技を引退する中武は、最後の1年に懸けていた。それまでも練習量は誰にも負けないとの自負があったが、さらに自分を追い込んだ。日常生活も見直し、睡眠時間や体のケアにも努め、全てを競技にささげた。
 
 出走前、9区の中継所では同期の小野寺勇樹が付き添ってくれていた。「昨年、小野寺のキツそうな顔を見て、それを救えない自分が本当に悔しかった。だから、『小野寺の分も走ってくるよ』って伝えました」
 
 それを聞いた小野寺は、おもむろにフェルトペンを手に取り、中武のシューズに「小野寺の分まで」と書き込み、笑いをさそった。

 中武は本来の走りができずに苦しんだ。3位の選手の背中は徐々に離れ、後ろの選手に次々と追い越されていった。「レース中はずっとキツかった」
 
 運営管理車の榎木監督から檄が飛ぶ。「一番練習をしてきたんだから、自信を持って走ろう!」。誰にも負けない努力で勝ち取った箱根。「監督の言葉に勇気をもらいました」
 出せる全ての力を振り絞り、何とかシード圏内の9位に踏みとどまった。
 
 「総合3位へのいい流れを自分が切ってしまった、申し訳ない」――レース後、ゴールの大手町に集まった復路の選手たちに、中武は頭を下げた。しかし、後輩たちは「中武さんはよく走ってくれましたよ」「よく粘ってくれました」と。
 
 寮長としてチームを支え続けてきた中武。本来の走りができずとも執念で粘った姿に、後輩たちは感謝しかなかった。中武は目を潤ませながら語った。「この絆は人生の宝物です」

〈10区 松田爽汰・3年〉

 「フラフラになりながら走ってくる中武さんを見て、気持ちが伝わった」――9人でつないできたタスキの重みを、松田はしっかりと受け取った。
 
 これまでの箱根は、16人のエントリーメンバーにも入れなかった。「それでも地道に努力すれば箱根で活躍できることをメンバーに示したかった」

 「走る技術や走力は高くないが、精神力はチームトップクラス」と自負する松田でも出走前はさすがに緊張した。シード権を失いかねない9位。しかも後続が迫る状況にプレッシャーを感じた。
 
 しかし、走り始めると、「メンタルモンスター」の本領を発揮する。「本当に楽しめた」。後ろのことは一切気にならなかった。

 「1回追い付かれそうになったみたいですが、気付かなくて(笑い)。自分のペースで走っていたら、いつの間にか離れていました」
 
 風の影響もあり、中盤以降ペースが落ちた。しかし「後半の粘りが自分の強み」と自信があった。
 その言葉通り、16キロ過ぎの田町駅以降の記録では2年前、区間新記録を打ち立てた嶋津よりも速いペースで駆け抜け、20キロ付近で7位まで順位を上げた。
 
 「どういうポーズでゴールするか決めていなくて」という松田は、テープの向こうに三上主将が見えた瞬間、とっさに3本の指を立てた。通称「三上ポーズ」。
 自身の決めポーズでこちらに向かってくる松田を三上は笑顔で抱きかかえた。

  
 この1年、「ストライプインパクト」――“赤と青の衝撃”をスローガンに、「強さ」を追い続けてきた創大駅伝部。チームを取材するたびに、榎木監督が常に語っていたのは「覚悟」というフレーズだ。
 
 「走姿顕心(走っている姿にその人の心が顕れる)」を信念に掲げる榎木監督は、競技と向き合う姿勢を最も大事にする。
 そこには、毎日のつらい練習に取り組む「覚悟」、全ての時間を競技につぎ込む「覚悟」、どんな環境にも言い訳をしない「覚悟」。そしてチームを代表して走る「覚悟」が求められる。
 
 一人一人の「覚悟の継走」でつかんだ総合7位――創価大学は真の「強さ」を証明し、見事なインパクトを与えた。
 
 先日、緒方新主将を中心とした新チームが発足した。今年、箱根路を走れなかったメンバーも含め、新たな「覚悟」に立った選手たちの切磋琢磨はすでに始まっている。
 そして来年もまた、創大駅伝部はすがすがしく新春の箱根路を駆け抜ける。