信仰体験
〈Seikyo Gift〉 アイドル事務所のダンス・インストラクター 〈ターニングポイント 信仰体験〉 2026年8月29日
【堺市堺区】照明器具がそろった撮影スタジオに、中池美紀さん(29)=総県池田華陽会副委員長=の声が響く。「ミスっても大丈夫やから、楽しんでいこう!」。手にしたスマホのカメラに向かって、5人組の男性アイドルがダンスを始めた。10秒ほどのショート動画。曲が終わると、美紀さんは「めっちゃいいやん!」と満面の笑みをたたえた。アイドルに振り付けを教えながら、SNSのプロデュースも担っている。(6月28日付)
ロングネイル(つけ爪)の指先で、スマホの画面をスクロール。はやりの曲をチェックする。どんな振り付けなら担当するアイドルの個性が輝くか、どんなアングルなら、見た人の心をつかめるか。考えることは山ほどあるが、「楽しむのが一番! ダンスには人を笑顔にする力があるから」。
底抜けに明るいヒップホップガール。ダンスと出合ったのは、高校2年の文化祭。ビヨンセの曲に合わせて踊った。思い通りに体を動かせた時の喜び、仲間たちとの一体感。「全てが楽しくて、ダンスをやりたい!って気持ちを止められなくなった」
芸術大学短期大学部でダンスを専攻。ところが、周りは幼い頃からダンスを続けてきた経験者ばかり。初日のレッスンで、実力差は歴然だった。思うようについていけない。仲間はずれにされたこともあった。
それでも、母・久美子さん(65)=総区女性部副総合長=の「ありのままを御本尊にぶつけたらいいんやで」というアドバイスのままに御本尊に向かった。
中池家では、いつも誰かが題目を唱えていた。祖母・泉谷絹枝さん(91)=総区女性部主事=は1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」に参加し、祖父・秀一さん(故人)との結婚を機に堺の地へ。受け継がれてきた「負けたらあかん!」の関西魂がある。美紀さんも題目を唱えると、「負けん気が爆発しちゃった(笑)」。家の廊下に姿見を置き、“絶対に見返したる!”と深夜まで練習した。
さらに、大学とは別にロックダンスとガールズヒップホップを習い始めた。人より遅れているなら、人の何十倍も練習あるのみ。美紀さんは、次第に頭角を現すようになる。卒業時には代表メンバーに選ばれるまでになった。もっと踊りたい。もっと高みを目指したい。社会人になってもダンスを続けた。
アパレルショップでアルバイトをしながら、バックダンサーのオーディションに何度も挑戦した。目指すはプロの舞台。しかし、なかなか芽が出ない。気付けば、3年の月日が流れていた。
ある日、女性部の先輩から言われた。「目標は細かく書き出して祈るといいよ」。美紀さんは“ほんまにかなうんかな……”と疑問顔。先輩は、迷いを見透かしたように力強く確信を込めた。「題目は一点を狙い撃ちやで! 絶対にかなうから大丈夫」
美紀さんのスイッチが入る。御祈念帳に〈26歳までに青山テルマのバックダンサーをする!〉と記し、祈り始めた。“絶対にかなえてみせる!”。その一念で練習に励み挑んだオーディション。届いたメールには「合格」の文字があった。
そこから流れが変わった。バックダンサーの話が次々と舞い込み、インストラクターとしても、自分のクラスを持てるまでになった。人一倍の努力と祈り。それがあったから、ダンサーの道を駆け上がれたと思う。ところが人生は、次の“宿題”を用意していた。
人間関係の悩みに直面した。信頼していた人とそりが合わなくなり、人前に出ることが怖くなった。突然の動悸、手足の震え。心療内科で薬を処方された。“もう無理かも……”。持ち前の明るさは影を潜め、出口の見えないトンネルにいるようだった。
そんな時、華陽会の会合に足を運んだ。一人の先輩が赤裸々に悩みを話していた。その飾らない言葉に、救われた気がした。「つらいのは私だけじゃない。みんなそれぞれの課題と戦ってるんだって思えたから」。池田先生の言葉が胸に浮かんだ。
〈どんなに苦しいことがあっても、断じて乗り越えられる。どんな苦労も全部、「心の財」に変えられる〉
美紀さんは再び、題目の人となった。一点突破の祈りに、行き詰まりはない。ひとつの答えにたどり着く。
「人のために火をともせば、我がまえあきらかなるがごとし」(新2156・全1598)。誰かの心に響くダンスをしよう。その思いが、再出発の力となった。
2024年(令和6年)、大規模な音楽イベントで作品を発表する話が舞い込んだ。振り付けを考え、自身もステージに立つ。美紀さんが選んだ曲は、アリシア・キーズの「アンダードッグ」。苦境から立ち上がる人々へのメッセージソングだ。振り付けには「負けるな」「立ち上がれ」を意味する手話を取り入れた。
迎えた当日。ステージが暗転し、観客のざわめきが静まり返る。照明が一斉にダンサーを照らすと、場内が歓声で揺れた。美紀さんは無我夢中で踊った。“みんな負けるな! さあ、立ち上がろう!”。その思いを、体全体で表現した。
後日、ライブを見たダンス教室の教え子が教えてくれた。「美紀先生だからこそ届けられる、力強さや思いがあります。炎のような美しさを感じました」。苦しみを越えた経験は、無駄ではなかったと思えた。
本年3月からは、現在の職場で働いている。アイドルたちと掲げる目標は一つ。「京セラドームに立つ」。やりがいのある仕事と出合えた喜びが、美紀さんの胸にあふれる。
大切なのは「自信満々に踊ること。だから私は、めっちゃ祈って勇気を出す」。努力を重ね、題目を唱えて挑戦すれば、必ず感動が生まれると信じている。
「ダンスで目の前の人を笑顔にすることが、私にとっての広宣流布かな」。未来には、心躍るステージが待っている。