ユース特集

〈インタビュー〉 多国間対話をリードする日本の役割 政治学者・姜尚中(「第三文明」9月号から) 2025年9月16日

 世界各地で暴力と分断が広がるなか、国際社会における「対話」の可能性はどこにあるのか――。

戦後レジームの不在がもたらした分断

 第1次大戦後の「ヴェルサイユ体制」や第2次大戦後の「ヤルタ体制」といった、大きな時代の転換点には、戦後の平和構築と勢力均衡を目指した新たな戦後レジーム(政治・国際秩序の枠組み)が築かれてきました。
 ところが、冷戦が終結した際には、新たな戦後レジームは実現しなかったと私は考えています。1989年、ゴルバチョフとブッシュ(父)によってマルタ会談が行われますが、ソ連の崩壊やユーゴスラビアの民族紛争などが影響し、新たな国際秩序を構想することはできませんでした。
 アメリカとソ連の2つのブロックによる対立構造が崩壊した後、多極化が進むなかで登場したのが、アメリカを中心とする「グローバリゼーション」でした。この時期、西洋型の文明、具体的にはユダヤ・キリスト教的価値観に基づくアメリカ型リベラリズムが「文明の勝者」とされ、世界は急速に市場原理主義へと傾いていきました。この「勝者と敗者」の発想が、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論(ポスト冷戦の国際対立構図)へとつながっていきます。

 欧州安全保障協力機構のような場でも、戦後レジームが再構築されることはなく、東欧諸国のNATO加盟、湾岸戦争、イラク戦争へと進んでいってしまうのです。

ミドルパワー外交と日本の選択

 日本も、冷戦終結という歴史の転機において、戦後民主主義をより現実的にバージョンアップすべきだったと考えます。たとえば、平和憲法を堅持しつつも、日本の国力に応じた防衛力を整備し、国際社会に対して責任ある貢献を果たす。その上で、シビリアンコントロール(文民統制)を維持し、理念や憲法解釈の細かい争いにこだわるのではなく、もっと現実的で実効性のある政治改革の道を選ぶこともできたのではないでしょうか。そうすれば、日本はより主体的で自立的な国際的立場を築けたはずです。
 ところが現実には、日本は冷戦の「勝者」とされた側に組み込まれ、アメリカ主導の国際秩序の一部として受け身の立場を選ぶことになったのです。
 国際連合についても、理想とは裏腹に、常任理事国による力の構造を温存する場となっています。現在は、アメリカ、ロシア、中国が主導する形で、「新ヤルタ体制」ともいえる国際秩序が進行しています。それは大国が互いの縄張りを尊重し合いながら、それ以外の中小国の扱いを談合的に決めていく構造です。「民主主義」対「専制主義」という単純な対立ではなく、現実的な利害調整の枠組みが背後に存在しているのです。
 たとえば、トランプ政権が行ったイラン攻撃は明確に国際法違反であり、批判も受けましたが、全面戦争には至りませんでした。過去のイラク戦争に代表されるようなネオコン的な対外軍事介入が寸止めされた点では、軍事行動に対する一定の抑制が働いたともいえるでしょう。ここには大国間での衝突の拡大を防ぐという点で、一定の「対話」の余地が残されているといえます。
 一方で、このような状況下でより重要なカギを握るのが、ミドルパワー国家同士の連携だと考えます。日本はこれまで、アメリカとの同盟に強く依存した“一本足打法”の安全保障政策を続けてきましたが、かつて石橋湛山や福田赳夫が提唱したように、東南アジアを軸とした「多角的外交」に改めて目を向けるべきです。

 そのなかでも、韓国との関係強化は不可欠です。日韓両国が歴史的な軋轢を乗り越え、ASEAN諸国との関係を共に深めることで、東アジアにおける多極的なネットワークが築かれるでしょう。これは現在のEUにおいて、イギリスとフランスという核保有国が密接な連携を保とうとしている動きとも通じるものです。
 現在、韓国は防衛産業国家として、国際的な存在感を高めています。日本が単独で軍事力を拡大するのではなく、韓国と連携しながら一定の防衛協力を行うことで、安全保障と経済を両立させる枠組みを構築していくことが重要です。これは平和憲法の理念を損なうことなく、地域の安定に寄与する有効な選択肢となるはずです。

核の時代における平和と日本の使命

 北東アジア情勢においても、日本は独自の役割を果たせます。たとえば、地域の対話を重層的に支える枠組みとして、公明党が提案した「北東アジア安全保障対話・協力機構」は、非常に有意義だと考えます。私も以前から「東北アジアのコモンハウス(共通の家)」構想を提唱してきましたが、こうした多国間協議の枠組みは、日本が主導してこそ成立するものです。そのような対話の機会を通じて、バイラテラル(2国間)、マルチラテラル(多国間)の関係を重層的につくっていくことが重要なのです。
 朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議する6者協議を見ても、アメリカ、中国、韓国との関係を維持しながら、ロシアとの関係修復や北朝鮮との交渉の窓口を持てるのは、日本だけであり、その意味で日本は“オールラウンドプレイヤー”になるべきだと考えます。その上で、北朝鮮の核兵器保有を既成事実化しようとする動きに対しては、日本と韓国で明確に反対の立場をとり、アメリカに対してもその方針を貫く必要があります。日韓が連携し、米朝間の「核保有国としての北朝鮮承認」論を食い止めなければなりません。

 また、日本は唯一の被爆国として、核兵器禁止条約にオブザーバー参加することが求められています。日米安保とのバランスを取りながら、韓国とともに非核化を主導することこそ、日本が果たすべき国際的責任であるといえるでしょう。
 もちろん、こうした理想は容易には実現しません。戦後の日本は「平和憲法という理想」と「日米安保という現実」のはざまで揺れてきました。その矛盾を背負ってきたからこそ、今こそ日本は本当の意味で平和主義に徹する国へと向かう分岐点に立っているのだと思います。
 平和は、空から降ってくるものではありません。格差が広がり、生活に追われるなかで、平和のために汗をかくのは困難なことかもしれません。それでも、私たちは努力しなければなりません。市民一人一人が、地域社会、職場、家庭などで、小さな対話の実践を積み重ねていくこと。その先に、「対話の文明」は未来へと根づいていくのだと、私は信じています。