健康・介護

〈医療〉 耳の中で音を生む「軟骨伝導」 2024年11月4日

「難聴の聞こえを改善」
〈今日のポイント〉自治体や個人で集音器を活用

 生活の質(QOL)を下げ、認知症になる最も大きな環境要因ともいわれる加齢性難聴。近年、“聞こえの悪さ”を軽減させる仕組みとして、「軟骨伝導」が注目されています。発見者である、奈良県立医科大学の細井裕司学長(理事長)に聞きました。

〈軟骨〉
骨伝導と異なる
第3の聴覚経路

 ――軟骨伝導とは?

 音を聞く経路は三つあります。通常の「気導」は、耳の外の音が外耳道、鼓膜を通って、蝸牛で聞こえます。「骨伝導」は、頭蓋骨に振動を与え、直接蝸牛を揺らすことで聞こえます。「軟骨伝導」は、軟骨を振動させることで、外耳道内に音が作られ、蝸牛で聞こえます。
 軟骨伝導は、私が耳鼻咽喉科の教授だった時代(2004年)に発見しました。「第3の聴覚経路」とも呼ばれています。
 近年、「聞こえの悪さの軽減」「難聴で困らない社会環境の整備」に寄与できることが注目されています。

〈長所〉
耳穴をふさがず
外の音も聞ける

 「論より証拠」です。ここにある、軟骨伝導のイヤホンを見てください。

 ――穴がありません。

 イヤホンが軟骨に触れるだけで音が発生するため、穴を開ける必要がありません。それでは、音楽を流しますので、耳に近づけてください。

 ――何も聞こえません。

 触れない限り音が発生しないので、音漏れがないに等しいのです。では、軟骨伝導イヤホンを、耳穴外の“くぼみ”にはめてください。

 ――音が聞こえます。しかも、とてもクリアです。

 耳の中で発生させた音だからです。左右の耳に入る音に違い(位相差、強度差)があるため、響きもステレオ(立体的)です。立体的に見るために左右差が必要な「視覚」と同様です。

 ――あれ? 音楽を聞きながら会話できています。

 このイヤホンは耳穴を完全にはふさがないため、外の音がクリアに聞こえ、自分のそしゃく音も響きません。着けながら会話やテレビ、快適な食事を楽しめます。
 外耳道の外半分は軟骨でできています。今度は、イヤホンを耳穴周囲の軟骨から外して、他の軟骨部位に当ててみますね(耳前方の小さな突起、続いて耳の後ろに当てる)。

 ――耳の後ろにちょっと触れただけで、音楽が聞こえてきました。

 強い振動が必要ないので消費電力も少なく済みます。次に、軟骨の突起より前にある硬い“骨”に当ててみます。

 ――聞こえません。やはり骨伝導と違うのですね。

 音が聞こえる仕組みに、“骨”の振動が関与していないからです。
 「骨伝導」は左右の耳付近の骨に強い振動を与え、頭蓋骨に音を響かせます。音の大小にかかわらず、音漏れは発生します。左と右の振動は頭蓋骨で混ざるため、音の左右差が出ず、響きもステレオではありません。

〈衛生的〉
炎症を起こさぬ
“清潔イヤホン”

 軟骨伝導イヤホンを使った「集音器」が、現在、全国の自治体や金融機関など1300を超える窓口で活用されています。
 窓口では、難聴者と交わす会話は大声になるため、個人情報のやりとりが困難です。しかし、軟骨伝導イヤホンは音漏れがなく、アクリル板やマスクを介しても、クリアな音質でやりとりができるため、とても有用です。
 また、通常の気導イヤホンの穴は、耳あかがたまりがちで不衛生です。耳穴の中にイヤホンを入れることによって傷も付くため、耳の炎症(外耳道炎)を起こす大きな要因です。
 一方、軟骨伝導イヤホンは耳をふさぎません。集音器のイヤホンも穴がなく、表面がツルツルで、不特定多数の人が着けても拭けるので衛生的です。“清潔イヤホン”という点も普及が進んだ理由です。
 “福祉の党”である公明党が、積極的に国会などで取り上げ、自治体での普及にも尽力してくれています。非常に感謝しています。

〈集音器〉
自然で明瞭な音
大きく聞こえる

 集音器の軟骨伝導イヤホンを着けてみてください。

 ――大きく聞こえます。

音の高低は調整しないのですか。
 耳の遠い高齢者と話す時は、音の高低より、まず声を大きくするでしょう?

 ――確かに相手の耳元で、自分の口元に手を添えながら大声で話します。

 聞こえを良くするには、音を大きくすることが前提です。その上で、言葉を伝えるためにクリアな音が必要です。軟骨伝導集音器は、この二つを満たしています。
 この集音器にも限界はあり、強度の難聴の方は聞こえが改善しない場合もあります。しかし、多くの加齢性難聴の方には、役立つ可能性が高いといえます。価格は両耳で3万円弱です。(注・主に外耳道閉鎖症の患者が使う軟骨伝導補聴器は実用化済み)

 ――集音器を個人で活用する場合の使い方は?

 集音器を胸ポケットに挿したり、テレビの前に置いたりして使います。難聴者は1400万人以上いると推定されています。中でも加齢性難聴の方は、聞こえを良くして会話をしやすくすることが、認知症の予防につながります。

 ――集音器の詳細はどこで確認できますか。

 軟骨伝導の振動子を開発したCCHサウンドのホームページで確認できます。奈良県宇陀市では、軟骨伝導集音器の購入に助成金も出されています。なお、一般者向けの軟骨伝導ヘッドホンも市販されています。

〈近未来〉
眼鏡に実装
独特な水中音楽

 ――今後の可能性は?

 社会全体を快適にできる可能性があります。例えばスマートグラス(眼鏡)。眼鏡の弦に振動子を入れて耳後ろの軟骨に当てれば、音楽を聞けたり、会話ができたりします。近未来では、腕時計型に進化したスマホなどの情報端末を着けながら指で軟骨に触れると、会話が楽しめる可能性があります。

 ――そんなことが可能なのですか。

 イヤホンを外し、何も着けていない人さし指で軟骨の突起に触れてください。音楽を流した軟骨伝導イヤホンを、あなたの手の甲に当ててみますね。

 ――音楽が聞こえます! 実現可能ですね。

 耳の軟骨まで振動が伝わりさえすれば、音が生まれます。穴がないため、水中でも使えます。試作品のイヤホンを着けて水中で音楽を聞くと、陸上より低音の響きなどがかなり強まります。「水中ステレオ音楽」という新ジャンルを生み出す可能性すらあります。

 
 ※集音器やヘッドホンは「CCHサウンド」(電話050〈8880〉1818 平日午前10~午後4時)などで購入できます

〈取材こぼれ話〉実用化してこそ

 細井学長が実用化を切望するのが、耳に着ける小型無線機(インカム)への実装だ。「多くのインカムは“片耳”をふさぎます。音がステレオでないため、ボディーガードが使うと、周囲の音の方向や距離がつかめません。イベント会場や工事現場など騒音の激しい職場で働く方は、片耳で音量を上げて聞くため、騒音性難聴になりがちです」
 「軟骨伝導のインカムなら、耳穴をふさがず“両耳”に着けられるため、周囲の音が方向感や距離感を伴って聞こえます。片耳に着けるより音量も下げられ、騒音性難聴のリスクも減ります。実用化が待ち望まれます」
             ◇ 
 発見から実用化まで時間がかかった軟骨伝導。論文が何本認められようと、製品化されなければ人の役に立てない……医師である学長は歯がゆかったという。「医学は社会全体の財産。多くの分野で活用され、社会貢献できてこそ、その価値が最大化できるのです」と学長。奈良県立医科大学は、“医学を基礎とするまちづくり”のプロジェクトを掲げ、進めている。(聡)