くらし・教育

〈ライフスタイル〉 バナナペーパーで雇用を生み、環境を守る! 2022年6月26日

株式会社ワンプラネット・カフェ 代表取締役 エクベリ聡子さん 

 SDGs(持続可能な開発目標)が国連で採択されたのは2015年。私たちのサステナビリティー(持続可能性)への意識も、ここ数年でぐっと高まりました。今回登場いただくエクベリ聡子さんは、20年以上前から環境問題に携わり、07年からは夫婦で、アフリカのザンビアにおける貧困や環境問題の解決に向けて活動。前例のない挑戦に、笑顔でまい進しています。

 
美しさの隣にある貧困

 エクベリさんが環境問題に興味を持ったのは、英文学を専攻した大学時代。イギリス人留学生たちが、カフェで普通にエネルギーや環境について話す姿に刺激を受けた。

 「当時、日本の大学生には話題にも上らず、難しい問題というイメージ。でも彼らを見て、遠い話じゃなく自分たちの生活のことなんだと感じました。じゃあ、自分には何ができるのか、と。今の活動の原点かもしれないですね」

 2001年に環境専門のコンサルティング会社に、アルバイトとして入社。やがて正社員となり、女性初の取締役に。環境人財育成の提案など、やりがいのある毎日だったが、転機が訪れる。

 「06年の夏休みに、野生動物を見に行こうと、スウェーデン人で環境ジャーナリストの夫と、アフリカのザンビアに行ったんです。美しい国立公園には、壮大な野生動物の世界が広がっていました。
 ところが、その素晴らしい野生動物の世界から少し離れると、想像を超える貧困に苦しむ人々がいる。そのギャップがあまりに大きくて衝撃を受けました。
 半数以上の人が1日約200円以下の生活。生きるために森林伐採や野生動物の密猟をせざるを得ない。私たちがいくら野生動物を取っちゃダメだと言っても、理想論でしかないと感じました」

 ここに何かソリューション(解決策)を生み出さない限り、何も変わらない――そう考えたエクベリ夫妻は、翌年からボランティアで、就職に役立つパソコン教室など教育支援プログラムを開始した。だが、雇用機会は圧倒的に足りない。自分たちで直接仕事を生み出せないか模索する中、着目したのがバナナペーパーだ。

 
SDGs17の目標へ

 バナナは1年で実をつける。その間に茎は約5、6メートルもの高さになるが、収穫後は廃棄するしかない。だが、茎の繊維から紙ができると知り、11年、事業を開始した。

 「文献からは繊維の取り方が分からず、夫が現地へ。農家と試行錯誤を重ねた末、茎を約1メートルに切り手作業での繊維取りに成功。現在は、簡単な機械を使って繊維を取り出し、天日干しにしています」

 そこから紙をどう作るか。西洋紙を作る海外の企業には「経験がない」と断られた。だが、越前和紙の会社は違った。和紙は伝統的にコウゾなど植物を使う。加工方法が似ているのだ。

 「最初は繊維感が強く出て、名刺を刷ると数字の3が8に見えてしまったり。何とか使える紙にしたいと、無理なお願いをしました」

 本格的に取り組むため、翌年、株式会社ワンプラネット・カフェを設立。15年にはコンサル会社を退社した。最初は大きなマンゴーの木の下で手作業だったが、今では工場を建てるまでになった。

 「紙はさほど利益率が高くなく、事業をどう続けるか悩みました。怖いもの知らずというか、何も知らなかったから始められたと思います」

 アドバイスを受け、印刷会社や紙製品メーカーと協議会を立ち上げ、参加企業は29社に広がった。現在はザンビアで作った繊維に、越前和紙工場や英国の紙工場で再生紙を配合。そのバナナペーパーから紙袋やカレンダー、ホテルで使用する紙ハンガーなど、多彩な商品が誕生し、日本を含め15カ国に展開している。

 また、紙としては日本初のフェアトレード認証を取得。昨年は、クライメートポジティブ(CO2排出量より吸収量の方が多い状態)の紙となった。「この紙を使うほどCO2が減っていくスキーム(仕組み)」といい、SDGs17の目標全てにつながる事業となっている。

 
日本には底力があるはず

 22年6月現在、現地では25人を雇用し、60以上のオーガニックバナナ農家と契約している。

 「小学校を卒業できなかったチームメンバーも多く、教育の重要性を訴えてきましたが、2年前に息子を大学に進学させたメンバーが2人誕生したんです。『安定した収入のおかげ』と。うれしかったですね。大学は村から数百キロ離れた場所。進学はかなり珍しく、皆で喜んだそうです」

 サステナビリティーをできるだけ具現化するため、エクベリさんは講演や研修なども行う。SDGsのカラフルなロゴやスローガン、169のターゲットが全て分かる「ターゲット・ファインダー®」の日本語版も手掛けた。見るだけで楽しくなるツールだ。

 今後は、コロナ禍で中断していたスウェーデンとザンビアの視察ツアーを再開する予定だ。サステナビリティーの先進国スウェーデンは、街を歩くだけでさまざまな取り組み例を目にできるという。

 「海外に行くと、日本の可能性の高さを感じます。平和を大切にし、もったいないと資源を大事に使う。自然と調和する文化は、非常にサステナビリティーに近い。でも今は社会の変化への対応力が弱く、せっかく持っている底力を生かし切れないまま自信を失っているように感じます。
 ザンビアはその逆。教育が受けられず技術力も高くはない。苦しい状況ですが、絶対に希望を捨てない。前向きで笑顔がすてきなんです」

 SDGsの目標に対して、私たちが生活の中でできることはたくさんある。日本でサステナビリティーというと“我慢”という意識が強いが、それは「日本で“エコ”が広まった弊害かもしれない」とエクベリさん。

 「例えば、寒い日には1枚多く羽織りましょうとか。夫はよく『スウェーデン人は我慢しない』と言います。あんなに寒いところですが、家の中では半袖。断熱がしっかりしていたり、使うのが再生可能エネルギーだったりして、CO2を減らしながら快適な暮らしができています。
 我慢ではなく、新しい可能性や市場に目を向けて楽しむところに、イキイキとしたスタートアップ(新興企業)が生まれる。それこそがサステナビリティーの面白さです。
 個人でも、もしファッションが好きなら、その服の原料がどこから来て、どこで作られたのか考えてみましょう。つながりに思いをはせるところから、全ては始まります」

 えくべり・さとこ 佐賀県出身。株式会社イースクエアで日本企業のサステナブル経営・事業開発支援、人財育成支援などに携わる。2012年、株式会社ワンプラネット・カフェ設立。バナナの茎を原料に越前和紙の技術による美しい紙の生産・販売のフェアトレード事業、研修、講演活動などを展開。

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【編集】加藤瑞子
【ザンビアの写真】エクベリさん提供
【その他の写真】外山慶介