企画・連載

〈聖教取材班が見た! 創価大学駅伝部〉第4回 勝利に必要な“ピース”とは? 2025年9月16日

 創価大学駅伝部の魅力と情報を伝える電子版連載「聖教取材班が見た! 創価大学駅伝部」の第4回は、岐阜・御嶽で行われた3次合宿を取材しました。
  
 大学三大駅伝で常に上位を争う実力を付けてきた創価大学。とはいえ、優勝を狙う位置には、なかなか届きません。チームがさらにレベルアップし、上を狙うために必要な“ピース”とは何か――。〈8月30日付電子版で掲載した第3回はこちらから〉
  

●深川組か、御嶽組か

 9月4日、創大駅伝部の御嶽合宿取材のため、岐阜・高山を訪れた。
  
 外国人観光客でにぎわう中心街から、コンビニすら見当たらない山道を1時間ほど車で走り、合宿地である「飛騨御嶽高原高地トレーニングエリア」へ。御嶽山の麓に位置し、標高は約1200メートルから2200メートルと高く、気温は都心よりも10度ほど低い。全天候型の陸上競技場や、ウッドチップが敷かれたコース、クロスカントリーコースなども整備されており、低酸素の高地トレーニングに最適な環境が整っている。
  
 ここに集ったメンバーは通称“御嶽組”と呼ばれる。実はこの時期、創大駅伝部は北海道・深川でも合宿を組んでいる。“深川組”は間もなく開幕する大学三大駅伝の、メンバー選考の見極めの場となる一方、“御嶽組”は故障明けや、シーズン前半に調子を上げきれなかった選手がそろう。
  
 深川か、御嶽か――。どちらの合宿に参加となるかが、“初陣”となる出雲駅伝の1次選考と言えるかもしれない。記者としては、出雲に出場するであろう選手の“現在地”を知りたいところだが、今年は少し様子が違った。榎木監督が、深川ではなく御嶽に行くからだ。
  
 合宿前、榎木監督に御嶽合宿の狙いについて聞いた。「位置付けも練習メニューも、ほぼ例年通りです。主力選手たちは1次(菅平)、2次(妙高)、ケニア合宿などで順調に練習を重ねているので、むしろ、それに続く選手たちの成長が重要なんです。彼らが一皮むけて、主力を脅かすくらいにならないと、目標の“三大駅伝3位以上”は成し得ません。だから、深川は川嶋総監督にお任せして、私は御嶽で選手たちを徹底的に鍛えるつもりです」
  
 昨春から川嶋総監督を迎え、さらに充実した指導体制となった創大駅伝部。“シード常連校”という現状に満足せず、本気で優勝を狙おうという気概が、言葉の端々から伝わってくる。
  

●強くなるチャンス

 この春、榎木監督は選手たちに、箱根駅伝のメンバー選考についての考え方を伝えた。「1区から8区までは計算できる選手がそろっている。だからこそ、9区、10区が大事になる。私はそこに、1キロ3分のペースを最後まで安定して維持できる人を選びたい」と。
  
 たとえ5000メートルで13分台、1万メートルで28分台を出せなくても、ハーフマラソンなら戦える――そういう選手に、順位が決まる最後の2区間を担ってほしい。そして、願わくば御嶽組の選手が力を伸ばして、そのチャンスをつかみとってほしいという思いがある。〈箱根駅伝の区間距離はハーフマラソンとほぼ同じで、1キロ3分で走ると、1時間3分台となり、主力選手が記録するタイムになる〉
  

 2日に合宿をスタートした選手たちは、翌3日に30キロ走を実施した。積極的に集団を引っ張ったのは西山修平選手(2年)。同期の山瀬美大選手が深川組に選ばれたことが発奮材料になっている。
  
 「2人とも教職課程を履修していて、遅くまで授業がある日は一緒にポイント練習をしています。同じ環境で切磋琢磨するライバルだからこそ、負けていられないという思いが強いです。深川と違って御嶽にはアップダウンがあるし、低酸素なので同じ距離を走っても負荷が高い。工夫して練習すれば必ず強くなれる、むしろチャンスだと捉えています」
  
 5日には、14キロの坂道を駆け上がる「登り走」を実施した。上りを得意とする細田峰生選手(3年)が飛び出し、ポーカーフェースで他を圧倒する走りを見せた。2次の妙高合宿の登り走でも、チームトップでゴール。歴代でも、昨年の吉田響選手(サンベルクス)に次ぐ好タイムで走破したという。
  
 「春に両ひざを故障して、トレーナーと相談しながら走りを見直しました。補強を重ねるうち“尻”を上手に使えるようになり、これが上りの走りにも良い影響を及ぼしている気がします」
  
 細田選手は福井・鯖江高出身。同窓の先輩である山口修平さん、三澤匠さん、山森龍暁選手(YKK)の3人は、いずれも箱根路を走った。「自分も、その伝統をつないでいきたい」と意気込む。
  

●苦しい時に何をするか

 御嶽には細田選手のほかにも、故障でシーズン序盤を棒に振ったり、走れない期間が長く続いたりした選手がいた。
  
 1秒を削り出す駅伝の世界は、強化と故障のリスクが常に紙一重である。1次の菅平合宿には、ほぼ全員が走れる状態で参加したものの、その後、けがによる離脱者が続出。榎木監督は「選手にとっては、走っている最中よりも、走れない苦しみのほうが何倍もつらい。焦りもあると思いますが、体のケアに対する意識をさらに高めていきたい。大事なことは、けがをした時に何をするか、どういう意識で過ごすかですから」と強調する。
  
 13日に開幕した世界陸上東京大会の男子1万メートル日本代表で、創大駅伝部出身の葛西潤選手(旭化成)も、学生時代はけがに苦しんだ。今年の本紙新年号のインタビューでは「苦しい日々を長く過ごした経験は決して無駄ではなく、大きく成長するために必要な“助走”だったように思えます」と語っている。
  
 自らを見つめ直すという作業の中にこそ、榎木監督が選手たちに求める「考える力」が含まれているのだろう。
  
 前回の箱根1区で好走した齊藤大空選手(3年)も、シーズン前半はけがに悩まされた。箱根のレース後に左脚大腿骨の疲労骨折が発覚。約6カ月間、走ることができなかった。「これだけ走れなかったのは、競技人生で初めて。その間に、同期の小池莉希や織橋巧が結果を残し、焦りがつのる一方でした」と振り返る。
  
 しかし「補強やケアに対して真摯に向き合ったことで、人に教えられるほど詳しくなりました。この経験を生かし、一回り大きくなって箱根に戻りたい」と齊藤選手。彼の歩みは、箱根で1区を任された後に故障し、忍耐の日々を乗り越えて飛躍した葛西選手の姿と重なって見える。
  
 けがなどで走れない選手たちは、東京・八王子の寮で調整を続けてきた。精神的にも苦しい日々が続く中、彼らの心を癒やす存在となっているのが、猫の「ししまる」だ。
  
 菅平合宿の帰途、選手たちは道端でうずくまる猫を発見した。そのまま放置するわけにもいかず、バスに乗せて連れて帰り、すぐに動物病院へ。一命をとりとめ、回復した後も寮で世話を続けている。普段は真剣な表情の榎木監督も、ししまるの話題になると顔がほころぶ。
  

 以前、菅平合宿所の管理人さんが、こんな話をしてくれた。「箱根駅伝に出られない頃からチームを見てきましたが、今の選手たちはすごいですよ。皆、練習後もずっと体のケアをしていますから」
  
 合宿期間中だけでなく、選手たちは日頃から夜の時間の多くをストレッチやマッサージに費やしている。入浴は1時間程度かけ、温冷を交互に繰り返すそうだ。
  
 高校駅伝の名門・西脇工(兵庫)出身の衣川勇太(1年)選手も今シーズン、けがに悩んだ一人だ。以前、他大学の駅伝部に入った同級生と話した際に、創大の充実した環境に驚かれたという。「困ったことがあっても、トレーナーさんや栄養士さんに気軽に相談できるから安心です」と、サポート体制の心強さを語る。
  

●勝利への“ピース”に

 実際のところ、御嶽組から三大駅伝のメンバーに選ばれる可能性はどれくらいあるのだろう。榎木監督にぶつけてみた。
  
 「出雲は難しいかもしれませんが、全日本、箱根は分かりませんよ。むしろ、1人でも2人でも選ばれてほしいと思っています。そういう選手の存在がチームの刺激となり、皆に勇気を与えますから」
  
 宿舎のロビーには、過去の“御嶽組”による寄せ書きが飾られている。そこには、かつての三大駅伝で活躍した選手たちの名前が並んでいた。皆、鍛えの時期を経て、憧れの舞台に立っている。
  
 エースだけで駅伝を勝ち切ることはできない。あと1枚、2枚、勝利への“ピース”が足りず、涙をのむこともある。だからこそ、御嶽組が創大駅伝部の伸びしろであり、上を狙うためのポテンシャルに他ならない。
  
 悲喜こもごもの“現在地”を確かめつつ、チームはいよいよ“勝負の秋”を迎える。(坂)