4カ国のメンバーが一堂に会した東アフリカ総会(6月21日、ケニア・ナイロビ)。谷川SGI理事長を中心としたアフリカ訪問団の一員として出席した、SGI理事の本田典人氏の手記を掲載する。
4カ国のメンバーが一堂に会した東アフリカ総会(6月21日、ケニア・ナイロビ)。谷川SGI理事長を中心としたアフリカ訪問団の一員として出席した、SGI理事の本田典人氏の手記を掲載する。
7月末、タンザニアの婦人部連絡責任者であるレクニ・パシーンさんから、うれしい報告が届いた。東アフリカ総会当日に御本尊を受けた5人の友の御安置が、無事に完了したというのである。レクニさんらリーダーは、大工に頼んでお厨子の製作を進めたり、バスで長時間かけて“一人”のもとへ足を運んだりして、心一つに、5人の新出発を後押しした。喜びあふれる一報に、あの日の大歓声がよみがえった。
7月末、タンザニアの婦人部連絡責任者であるレクニ・パシーンさんから、うれしい報告が届いた。東アフリカ総会当日に御本尊を受けた5人の友の御安置が、無事に完了したというのである。レクニさんらリーダーは、大工に頼んでお厨子の製作を進めたり、バスで長時間かけて“一人”のもとへ足を運んだりして、心一つに、5人の新出発を後押しした。喜びあふれる一報に、あの日の大歓声がよみがえった。
会場は、ケニアの首都ナイロビ。東アフリカ総会の開幕前、私は担当幹部として御本尊授与式に出席した。御本尊を受けた各国の友の中に、タンザニアの5人の姿もあった。5人のうち2人は、最初に信心を始めた「紹介者」と、その人が折伏した友で、同じ日に御本尊を受けた。先に信心を始めた壮年は大都市から遠く離れた街に住み、路線バスで28時間かけてナイロビに駆け付けていた。
御本尊を手にした一人一人がガッツポーズをすると、会場から大歓声が上がる。コロナ禍もあり、御本尊を受ける決意をして8年を経て、ようやくこの日を迎えた友もいた。歓喜の大きさは、待ち続けた歳月の長さ、そして、この信心があれば、どんな困難も乗り越えられるとの確信の深さに比例していた。
会場は、ケニアの首都ナイロビ。東アフリカ総会の開幕前、私は担当幹部として御本尊授与式に出席した。御本尊を受けた各国の友の中に、タンザニアの5人の姿もあった。5人のうち2人は、最初に信心を始めた「紹介者」と、その人が折伏した友で、同じ日に御本尊を受けた。先に信心を始めた壮年は大都市から遠く離れた街に住み、路線バスで28時間かけてナイロビに駆け付けていた。
御本尊を手にした一人一人がガッツポーズをすると、会場から大歓声が上がる。コロナ禍もあり、御本尊を受ける決意をして8年を経て、ようやくこの日を迎えた友もいた。歓喜の大きさは、待ち続けた歳月の長さ、そして、この信心があれば、どんな困難も乗り越えられるとの確信の深さに比例していた。
高層ビルが林立するナイロビは東アフリカ最大級の都市である。だが、高速道路から脇道へ入り、少し進むと、道は未舗装となり、大きな水たまりが点々と続く。その先に、ナイロビ東支部の中心会場があった。密集した建物をすり抜けていくと、待ち構えた壮年・男子部の4人が満面の笑みをたたえ、明るく朗らかな、地元の学会歌を歌って歓迎してくれた(6月18日)。中に入り、お厨子を開けると、光がともり、やがて消え、しばらくして再びともった。短い停電のようだった。皆で広布の伸展を祈り、外へ出ると、学校を終えた子どもたちが珍しそうに集まってきた。
高層ビルが林立するナイロビは東アフリカ最大級の都市である。だが、高速道路から脇道へ入り、少し進むと、道は未舗装となり、大きな水たまりが点々と続く。その先に、ナイロビ東支部の中心会場があった。密集した建物をすり抜けていくと、待ち構えた壮年・男子部の4人が満面の笑みをたたえ、明るく朗らかな、地元の学会歌を歌って歓迎してくれた(6月18日)。中に入り、お厨子を開けると、光がともり、やがて消え、しばらくして再びともった。短い停電のようだった。皆で広布の伸展を祈り、外へ出ると、学校を終えた子どもたちが珍しそうに集まってきた。
翌日は、インド洋に面したケニア第2の都市モンバサへ。懇談会場の近くに、かつて欧州やアラブの国が同地を支配した歴史を伝える要塞が残っていた。要塞の上から海へと続く、狭く暗い通路。この通路は、人々を奴隷として積み出す港へつながっていたという。アフリカ大陸の過酷な記憶の一端に触れ、言葉を失った。
谷川SGI理事長と共にモンバサで懇談した壮年は有名大学に学び、公認会計士の資格を取得したものの、会計士としての仕事は少なく、経済苦に直面。離婚も経験した。生活と将来の不安で心が揺れているという。
理事長が拝読した「一人の心なれども、二つの心あれば、その心たがいて成ずることなし」(新2054・全1463)の御文を踏まえ、強い一念と題目根本で進むことを約し合うと、彼は新たな挑戦を誓い、すがすがしい笑顔を見せた。
ナイロビでも、モンバサでも、同志が暮らす生活の現場は、さまざまな困難と隣り合わせで、多くの人が貧・病・争の現実と向き合っている。その中で、メンバーは慈悲の仏法を実践し、自らの宿命転換を祈るだけでなく、他者の幸福をも祈っている。「21世紀はアフリカの世紀」との池田先生の指針を胸に前進する同志の姿こそが、この大陸の希望に違いない。
翌日は、インド洋に面したケニア第2の都市モンバサへ。懇談会場の近くに、かつて欧州やアラブの国が同地を支配した歴史を伝える要塞が残っていた。要塞の上から海へと続く、狭く暗い通路。この通路は、人々を奴隷として積み出す港へつながっていたという。アフリカ大陸の過酷な記憶の一端に触れ、言葉を失った。
谷川SGI理事長と共にモンバサで懇談した壮年は有名大学に学び、公認会計士の資格を取得したものの、会計士としての仕事は少なく、経済苦に直面。離婚も経験した。生活と将来の不安で心が揺れているという。
理事長が拝読した「一人の心なれども、二つの心あれば、その心たがいて成ずることなし」(新2054・全1463)の御文を踏まえ、強い一念と題目根本で進むことを約し合うと、彼は新たな挑戦を誓い、すがすがしい笑顔を見せた。
ナイロビでも、モンバサでも、同志が暮らす生活の現場は、さまざまな困難と隣り合わせで、多くの人が貧・病・争の現実と向き合っている。その中で、メンバーは慈悲の仏法を実践し、自らの宿命転換を祈るだけでなく、他者の幸福をも祈っている。「21世紀はアフリカの世紀」との池田先生の指針を胸に前進する同志の姿こそが、この大陸の希望に違いない。
爆発的な盛り上がりを見せた昨年のトーゴでの希望総会と比べ、東アフリカ総会に集った友は、一見、落ち着いた雰囲気のように感じられた。だが懇談が始まると、質問が止まらない。師弟の誓願を語る友のまなざしは真剣そのものである。一人一人の胸に、深い使命感と、熱い求道心がみなぎっていた。
同総会で活動報告した女子部のヴァネッサ・オコースさんは、厳格な既成宗教の家庭に育った。自分の人生が何かに支配され、自分のものではないという感覚に悩んでいた。ある時、友人からこの仏法を教わり、「求めていたものはこれだ」と感激したという。
幸不幸の要因を自身の外に委ねるのではない。自分の祈りと力で人生を勝ち開くことができる点に仏法の魅力を感じ、人生を取り戻した思いがした――。彼女が語った内容と同様の言葉を、ケニアの後に訪れた南アフリカでも耳にした。既成宗教の影響が強い社会にあって、人間革命を可能にする仏法の力が際立って感じられた。
総会を陰で支えたのはケニアの男女青年部である。今回のような大きな集いには、慣れていなかったはずだ。それでも彼ら彼女らは緊密に連携を取り、会場を駆け巡って、近隣諸国から来た同志に喜んでもらおうと奮闘していた。その頼もしい姿に、次代のアフリカ広布の光を見た。
総会を準備の段階から支え、リーダーシップを執ったのはケニアのマスミ・オダリ理事長。SGIの東アフリカ顧問も務め、今回の訪問では通訳の担当として南アフリカにも同行してくださった。
創価大学を卒業後、ナイロビ大学大学院で文学を学び、今は同大学で教壇に立つ。ケニア人の夫は同国SGIの中心者として活躍したが、病で先立たれた。
池田先生の励ましにも支えられ、彼女はそこから立ち上がった。一時の経済苦を乗り越え、日本出身の女性として初めてケニアの弁護士資格を取得。ケニアの地に深く根を張った。持ち前の粘り強さと明るさの陰に、どれほどの思いと苦労があっただろう。立派に育てた3人の子は、ケニアを離れてそれぞれの使命の地で活躍する。
オダリさんは幼少期を米国で過ごし、10歳で帰国後は母の実家がある福島で育った。同じ福島出身の私にとって同郷の親しみもある。その彼女が、遠いアフリカの大地で大輪の花を咲かせている。
アフリカのメンバーの幸せを祈り続けてくださった池田先生の真心は、メンバーの心に深く刻まれ、消えることはない。アフリカの大地にあって、宿命を使命に変えゆく仏法の光は、一人また一人と着実に広がっていく。東アフリカの広布は必ず、大きく発展する。その確信を深くする訪問だった。
爆発的な盛り上がりを見せた昨年のトーゴでの希望総会と比べ、東アフリカ総会に集った友は、一見、落ち着いた雰囲気のように感じられた。だが懇談が始まると、質問が止まらない。師弟の誓願を語る友のまなざしは真剣そのものである。一人一人の胸に、深い使命感と、熱い求道心がみなぎっていた。
同総会で活動報告した女子部のヴァネッサ・オコースさんは、厳格な既成宗教の家庭に育った。自分の人生が何かに支配され、自分のものではないという感覚に悩んでいた。ある時、友人からこの仏法を教わり、「求めていたものはこれだ」と感激したという。
幸不幸の要因を自身の外に委ねるのではない。自分の祈りと力で人生を勝ち開くことができる点に仏法の魅力を感じ、人生を取り戻した思いがした――。彼女が語った内容と同様の言葉を、ケニアの後に訪れた南アフリカでも耳にした。既成宗教の影響が強い社会にあって、人間革命を可能にする仏法の力が際立って感じられた。
総会を陰で支えたのはケニアの男女青年部である。今回のような大きな集いには、慣れていなかったはずだ。それでも彼ら彼女らは緊密に連携を取り、会場を駆け巡って、近隣諸国から来た同志に喜んでもらおうと奮闘していた。その頼もしい姿に、次代のアフリカ広布の光を見た。
総会を準備の段階から支え、リーダーシップを執ったのはケニアのマスミ・オダリ理事長。SGIの東アフリカ顧問も務め、今回の訪問では通訳の担当として南アフリカにも同行してくださった。
創価大学を卒業後、ナイロビ大学大学院で文学を学び、今は同大学で教壇に立つ。ケニア人の夫は同国SGIの中心者として活躍したが、病で先立たれた。
池田先生の励ましにも支えられ、彼女はそこから立ち上がった。一時の経済苦を乗り越え、日本出身の女性として初めてケニアの弁護士資格を取得。ケニアの地に深く根を張った。持ち前の粘り強さと明るさの陰に、どれほどの思いと苦労があっただろう。立派に育てた3人の子は、ケニアを離れてそれぞれの使命の地で活躍する。
オダリさんは幼少期を米国で過ごし、10歳で帰国後は母の実家がある福島で育った。同じ福島出身の私にとって同郷の親しみもある。その彼女が、遠いアフリカの大地で大輪の花を咲かせている。
アフリカのメンバーの幸せを祈り続けてくださった池田先生の真心は、メンバーの心に深く刻まれ、消えることはない。アフリカの大地にあって、宿命を使命に変えゆく仏法の光は、一人また一人と着実に広がっていく。東アフリカの広布は必ず、大きく発展する。その確信を深くする訪問だった。