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連載〈ターニングポイント〉解離性健忘によって失った記憶 2020年10月17日

  • 力が湧き立つ。心が覚えている!

 2018年(平成30年)7月のある日。佐谷大史が目を覚ますと、そこは病室のベッドの上だった。全身に何本もの管が繋がれている。目の端には、母・よし子さん(61)=婦人部副本部長(支部婦人部長兼任)=が自分をのぞき込んでいるのが分かる。“母さん、なに泣いてるんだよ”

 母の話で状況が見えてきた。会館で倒れ、けいれんしていたところを救急車で運ばれた。丸一日、意識がなかったらしい。医師は「てんかん」の発作じゃないかという。“そんなこと今までなかったのに。けど、大騒ぎするほどのことじゃない”と当初は楽観的だった。

 「なんか今日は暑いね」。母は「そりゃ夏だからね」って笑ってる。「夏? 何言ってんだよ」と、母の冗談を聞き流したものの、どうも話がかみ合わない。スマホを開くと、友人や学生部の仲間とのやり取りが。送信しているのは確かに自分だが、全く身に覚えがない。

 母が、写真を見せてくれた。そこには、<ご入会おめでとうございます>と書かれたボードを前に、笑顔の自分と友人が写っている。

 「あいつ入会したの?」。母は「数週間前の写真よ。あなたが折伏したの。覚えてない?」。さっと血の気が引いていくのが分かった。「どういうこと?」

 最終的な医師の診断は「解離性健忘」。極度の緊張状態や、ストレスが続くことによって引き起こされる記憶喪失だった。会館で倒れた時に、直近4カ月間の記憶がすっかり消えていた。

 学生部で部長の任命を受け、初めて友人に折伏が実った。「一番輝ける進路に」と懸命に祈り、3社から内定が決まっていた――あれやこれやと聞かされても、人ごとにしか思えず、何一つ実感がない。“全部、自分のことのはずなのに”

 体に他の異常はなく、退院する時、医師からは「“何もしない”を全力でやってください」と言われた。部屋で一人、天井を眺めて過ごす。うつ病とパニック障害の併発も疑われた。家族と会話していても、急にフーっと意識が遠のく。眠りについても、悪夢を見て跳び起きることもあった。

 “僕の体は、どうしてしまったんだ”。自分が自分でない感覚。結局、内定先の企業には断りの電話を入れた。なぜ受けたのかも覚えていない会社に、入る気にはなれなかった。

 何も考えないようにすればするほど、絶望感が心を支配する。先のことを思うと恐怖しかなかった。“なんでこんなことに。僕が何をしたっていうんだ”

 母は「どうしようもない時は、題目しかないよ」と。頭では分かっている。でも、御本尊の前に座るので精いっぱい。手を合わせようにも、腕に力が入らない。“もう、生きてる意味なんてない”。御本尊を見つめたままボロボロと涙した。

 1カ月が過ぎた頃。部屋の掃除をしていると、見慣れない紙が出てきた。それは、自分が学生部の会合で披露したらしい、活動報告の原稿だった。日付は記憶をなくす3日前。

 そこには、池田先生への誓いを果たそうと懸命に祈り、学会活動に駆けていた自分がいた。弘教を実らせ、企業から内定を勝ち取った喜びをかみ締めながら、師匠と、不可能を可能にする信心への感謝が、原稿からあふれ出ていた。

 “こいつすごいな……。こいつ、いや、僕なんだけど。こんなに頑張ってたんだな”

 でも、“頑張った結果がこれかよ”。現在の自分とのギャップに失望する。疲弊し、卑屈になった今の心には、過去の自分はまぶしすぎた。

 しかし、輝いていた自分と出会い、胸の奥底で、わずかに何かが湧き上がるのを感じる。“この気持ちはなんだろう”

 見ないようにしていたスマホの写真フォルダを開く。そこには、聖教新聞や書籍での池田先生の指導を撮った写真が残されていた。「師弟相違せばなに事も成べからず」(御書900ページ)の御文を写した写真が何枚もある。

 気が付くと、涙が頰を伝っていた。なぜ泣いているのかは分からない。でも、また胸の奥底で何かが動く。そのまま御本尊の前に座った。1カ月半ぶりに手を合わせ、声を振り絞る。次第に力がこもっていく。何かが止めどなくあふれてくる。

 “知ってる。この感覚は知ってる。心が覚えてる!”。力が湧き立つのを、はっきりと感じた。

 それからは、心と体を休めながら、ゆっくりとだが確実に、元の生活へと戻っていった。支えになったのは、何度も拝した御書の一節、「師弟相違せばなに事も成べからず」。

 池田先生への誓いを胸に戦ってきた過去の自分を、なかったことにはしたくない、その一心だった。

 大学院への進学を決意。一般入試まで時間は限られていたが、猛勉強の末、創価大学大学院に合格した。

 年が明け、学会活動にも徐々に復帰し始めた19年の2月。医師から、もう通院の必要はないと告げられた。記憶は完全に戻ったわけではないが、少しずつ断片的な映像が浮かぶまでになった。

 何よりうれしかったのは、闘病中にずっと自分を励まし続けてくれた友人が、入会を決意してくれたこと。一番の恩返しができた。

 記憶がないことに、とらわれるのはやめた。師への感謝も、信心への確信も思い出したからだ。“今の自分の使命を果たそう”と前を向いた。

 あれから2年。大学院では、木から採れるセルロースを加工して、土に還るプラスチックやゲルを作る研究を手掛けている。研究の中で、特殊な機械を使わずにできる、新たな加工技術を発見。研究成果をまとめた論文が、海外の著名な学術雑誌に掲載された。

 学生部では総区学生部長として広布の最前線を走る。「一日一日、一瞬一瞬が大事だって身に染みて分かってる」。だから、目の前の部員さんや友人には、いつも全力投球だ。

 当初は、無くしたものばかりを数えて嘆いていた。でも今は、それによって得られたもののほうが、いっぱいあるって気が付いた。

 来春から社会人。その目には、未来への希望が光っている。

 <プロフィル>
 さたに・ひろふみ 1996年(平成8年)生まれ、入会。東京都荒川区在住。創価大学4年の時に「解離性健忘」を発症。その後、同大学院に進学し、理工学研究科で学ぶ。総区学生部長。

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