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〈世界の体験〉 スペイン語の通訳・翻訳者、大学講師として活躍 2025年11月28日

  • 〈My Drama〉
韓国SGI 韓聖淑さん

 国際会議の場などで、ひときわ輝きを放つのが通訳者の存在。国や言語の異なる人たちを結ぶ、大切な役割を果たす仕事だ。
  
 韓国語・スペイン語の通訳者として、20年以上、活躍してきた韓聖淑さん。韓国と他国の首脳との会談、経済機関、大手企業の通訳など、最前線の現場を担当し、数多くの実績を積み上げてきた。
  
 入念に準備を重ねたはずでも、実際の現場では臨機応変の対応が求められる。通訳の仕事は常に真剣勝負だ。かつて、聖淑さんは過度の緊張とストレスで体調を崩し、病院から現場に出勤したこともあるという。
  
 「常に気が抜けない仕事です。精神力や体力が必要な仕事だからこそ、池田先生の指導や、唱題を根本とした“生命の鍛錬”が何より大事だと思うんです」
  
 そんな聖淑さんの“もう一つの顔”は、スペイン語話者を育成する“教育者”だ。スペイン語通訳・翻訳の研究で博士号を取得し、2019年からソウルにある大学で特任教授として働いている。
  
 「池田先生が“私の最後の事業は教育”と語られたことに感動し、私も教育の分野で貢献したいと決意しました。美しいスペイン語の響きを、たくさんの人に知ってもらいたいです」

地域の婦人部のメンバーと和やかに語らう韓聖淑さん㊨
地域の婦人部のメンバーと和やかに語らう韓聖淑さん㊨

 3人きょうだいの次女として、ソウルで生まれた聖淑さん。母と一緒に会合に行くのが好きな少女部員だった。
  
 人生に変化が訪れたのは1986年、聖淑さんが小学6年の時のこと。父の仕事の都合で南米チリの首都サンティアゴに移住したのだ。慣れた街から遠く離れ、言葉も文化も違う世界へ移ることは、幼い聖淑さんにとっては戸惑いの連続だった。
  
 「きょうだいと一緒に入学した学校では、アジア人は私たちだけでした。私は活発な性格だったのですが、言葉が通じないので、だんだんと萎縮してしまいました」

師匠との出会い

 支えになったのは、SGIの存在だった。今ほど連絡手段が発達していなかった時代。人づてに聞いた情報を頼りに、サンティアゴにある会館へと向かい、現地のSGIの輪に飛び込んだ。
  
 「言語は違っていても、学会の温かさは韓国と同じでした。メンバーからの励ましが私の力になり、性格は、だんだんと明るく朗らかに変わっていきました」
  
 スペイン語を徐々に身に付け、やがて学校生活も楽しく送れるようになった。
  
 1993年2月、池田先生が南米激励行の折にチリを訪問。当時、学生部員だった聖淑さんは、チリ文化会館を訪問した池田先生と出会いを刻んだ。それまで心に浮かべるだけだった師匠の姿を目の当たりにし、涙が止まらなかった。
  
 「広宣流布のために一生涯、生き抜いていこうと誓いました。すでにチリにある大学への進学が決まっていましたが、心の底に秘めていた“韓国の大学で学び、スペイン語の研究者になって活躍する”との夢をかなえたい、と思ったんです」

 渡航に必要な費用を工面するのも、一苦労だった。真剣に祈っていくと、大使館を通じて大学生に無料で航空券を提供するプログラムに見事、当選。無事に帰国を果たし、中央大学の新聞放送学科に合格した。
  
 常に成績優秀者に輝き、毎学期、奨学生にも選ばれた。韓国SGIの学生部の活動にも懸命に取り組んだ。大学卒業後は家計を支えるために一時、会社勤めをした後、韓国外国語大学の通訳・翻訳大学院に進学。修了後は、フリーランスの通訳者、翻訳者として活躍する。

定員一人の難関

 順調にキャリアを積む中で、パートナーと出会い、結婚・出産も経験。だが、育児と仕事の両立は決して容易ではなく、通訳の仕事は一時、中断を余儀なくされた。その上、個人的な悩みが重なり、不安に押しつぶされそうになることもあった。そのたびに師匠の指導をひもといた。
  
 「試練に次ぐ試練、涙また涙というのが、現実の社会といえます。そのなかで人生に勝利していくには、唱題しかありません」
  
 百万遍の唱題表は一枚、また一枚と塗りつぶされていった。
  
 2016年、博士課程への挑戦を決意し、その門をたたいた。
  
 「ところが、私の希望する専攻の募集枠は、たった1人の定員。“その年齢では無理ではないか”と教授からの厳しい指導もありましたが、晴れて難関を突破し、合格できました」
  
 2年間、歯を食いしばって学び、博士号を取得。大学でスペイン語の特任教授として勤務を始めるが、1年もたたないうちに、今度は病魔が聖淑さんを襲う。

「韓国の婦人部はたくさん題目をあげるんです」――47枚に及ぶ唱題表と、御祈念項目を記したメモは韓聖淑さんの“宝物”
「韓国の婦人部はたくさん題目をあげるんです」――47枚に及ぶ唱題表と、御祈念項目を記したメモは韓聖淑さんの“宝物”

 「起き上がれないほどの強い痛みに見舞われたんです。髄膜炎でした」
  
 自宅で横になりながら、「今、倒れるわけにいかないんです!」――昼夜を問わず、題目を唱えた。やがて薬が劇的に効き、症状が少しずつ和らいだ。医師が驚くほどのスピードで回復を遂げ、再び教育の場に戻ることができた。
  
 23年5月、聖淑さんの母校である韓国外国語大学が池田先生に、「名誉哲学博士号」を授与。聖淑さんは、喜びと誇りを胸に、広布の庭では支部婦人部長として誓願に燃えながら、使命の道を歩んでいる。
  
 「数々の試練も、全て御本尊に守られて、ここまで来ることができました。いよいよこれからは、師匠に、学会の皆さんに恩返しする人生を歩み抜いていきます」

  
取材協力/韓国 「和光新聞」
  
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